文化・芸術

先生と呼ばないで。

Surprise
*『パパと呼ばないで』は石立鉄男だが、作家埴谷雄高
は生前、誰かに「先生」と呼ばれることを極度に嫌い、そう呼ばれる毎に「私はあなたの先生ではありません」と訂正していたのは有名な話である。


 *彼は日本共産党に入党した翌昭和7年(←この年は三月一日には満州国建国、「5・15事件」では首相犬養毅が暗殺されるという大変な年だったが)の一斉検挙(治安維持法違反)で逮捕・投獄され、その翌年「天皇制はいずれはなくなるが当分は続く」とのいわゆる「転向声明」と引き換えに出所したという経歴があり、「薔薇、屈辱、自同律。約めて言えば俺はこれだけ」という彼の箴言にはこの間の経緯への筆舌に尽くし難い痛憤の思いが籠められていたのであるが、ところで、法務省矯正局の管轄下にある「独居房」では(無論「雑居房」でもだが)当時も今も、囚人たちには担当する刑務官らを「先生」と呼ぶよう強制される習慣があるのだそうで、彼の「先生嫌い」の源流は、何よりもまずこの獄中体験にあったのではないかと推測されるわけである。

 *この矯正局だが、相当悪そうである。w

 私はよく知らないが(!)およそ刑務所というところは、戦前の帝国軍隊を髣髴とさせる強圧的で問答無用な「教育」がまかり通っている「密室」なのである。
 しかし一般的に言えることは、仮令そこが如何に閉鎖的で強圧的な場所であろうと、囚人らがその場を管理する人間に阿り諂い、おべっかを使ってへーこらする「自由」ならば概ね許容されるとしたものであり、刑務所に於いてはそういう裏表のある、こすからい人間ばかりを「教育」・「育成」している疑いがあるのである。

 まして現場の刑務官からして、収容されている組関係の囚人に便宜を図って報酬を貰うなどということが時たま漏れ伝えられて来る閉所であるから、法の名の下に無法がまかり通っていないという保証はないのである。

 再犯率が高い、刑期半ばで仮釈放で出所しても、また再び塀の中に舞い戻って来る人間が多いということは、この法務省の執行する「矯正」がなんら有効機能していない証左である。 

 いちいち例は挙げないが、「仮釈放で出た人間が娑婆へ出た途端に再び凶悪な事件を起こした」などという報道に接する度、ここでもこの国は(とりわけ官僚組織は総体として)音を立てて崩壊しかかっているのではないかと、私は暗澹たる思いに囚われるのである。 

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 それでこれは余談になるが、ウィキペディアには「埴谷さんはプロ野球パリーグのファンだった」とあるが、これは誤りで、「埴谷文学は難解だから南海ホークスのファンだろう」という他愛もない駄洒落に由来する説であって、本人は実は熱烈な巨人ファンだったのである。

 周囲からはこの点を突付かれて「埴谷も口ほどにもない。」と揶揄されたらしいが、彼は「(初期の職業野球と言えば)巨人しかなかったんだから仕方ない」と言わずもがなの言い訳に終始したとのことである。

 

 

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